生活防衛を目的として昨今行われている「昇給」は、明らかに臨床心理学者ハーズバーグが言う処の「衛生要因」です。ハーズバーグは、仕事に対する満足度に影響を与える要因を「動機づけ要因」と「衛生要因」とに分け、「昇給」だけでは「生産性向上」の為のモチベーションUPとならないことを示唆しています。
「衛生要因」とは、水や空気等と同じようなモノで、満たさなければ不満の原因となるが、満たしたからと言って仕事の満足度に繋がるものではないものです。例えば「給与」「対人関係」「作業条件」「管理・監督方法」などを挙げています。
「動機づけ要因」とは、満たされると仕事に対する満足感を従業員は覚えるが、仮にそれが欠けたとしても不満足をもたらすものではありません。「仕事の達成感・やりがい」「上司による承認」「仕事の内容・責任」「昇進」などが挙げられます。
例えば「衛生要因」に含まれる「給与」は、仮に給与が150%UPとなると、従業員は当面は喜んで頑張ろうとしますが、やがてその状態にも慣れ、150%UPとなったことが当たり前のようになり、仕事の質と量とは昇給前と同じに近いモノとなってしまいます。ましてや、生活防衛を目的とした昇給ならば尚更のことではないでしょうか?
一方、有名なマズローの「欲求の五段階説」によると、人間の欲求は①生理的欲求、②安全・安定の欲求、③社会的欲求、④承認の欲求、⑤自己実現の欲求と昇化していき、①②は物理的欲求、③④⑤は精神的欲求に分けられると言います。そして「昇給」は①②の物理的欲求に属するとされています。
さて、昇給させる為にはその源資が必要であり、その源資を確保する為には一人当たり生産性を改善することが必要です。いま巷では、業務改革をする為に「業務ソフト」を導入することが流行っていますが、「業務ソフト」を導入したからと言って、そのソフトを上手く活かして使わなくては、必ずしも一人当たりの生産性が改善されるものではありません。笑い話のような私の実体験ですが、二代目社長が業務改革を推進するために古参の専務の為にノートパソコンを購入した処、翌日以後に専務の事務机からノートパソコンが無くなり専務自宅の仏壇に供えてあったと聞いたことがあります。
私も「働き方改革」の一環として、社労士業を離れて業務改革/改善のお手伝いをしていますが、業務改革/改善を行っても、それが社内で普及せず、局部的な改善で終わったり、暫くすると元の業務のやり方に戻ってしまっているケースが多々あります。
ここで留意すべきは「欲求の五段階説」の「④承認の欲求」と「動機づけ衛生理論」の「上司による承認」です。ヒトは「安全/安定の欲求」があるため「今まで通りのやり方を継続して失敗するリスク」を「変革/改善することにより失敗するリスク」より選好する傾向があると言われています。そして業務改革/改善を行なおうとすると旧勢力から予期せぬ抵抗があるものです。その為、業務改革/改善を行い会社に貢献する成果を従業員があげたならば、それを会社や上司が「認める(=承認する)」ということが非常に重要ではないでしょうか? そして「承認すること」は必ずしも金銭は伴うものではありません。みなの前で褒め称える、表彰状を渡す等でも良い訳です。昔のコトですが、何か良いことを自分にしてくれた従業員に従業員相互で「サンクス・カード」を交付している会社もありました。人間は「自分の行為が誰かに認められると嬉しい」もので、それが「動機づけ」にも繋がります。
1人当たりの生産性を向上させる為には、DX化だけに頼ろうとするのではなく、業務改革/改善の意識を社内に浸透させ、それを実行している従業員の行為を「認める(=承認する)」ことで「動機づけ」していくことが大切と思います。そして、その為には「評価制度」が重要な役割を果たすと考えます。